実は、妖怪学は、小松和彦、京極直彦が出てくるように
学問と学問以外の境界があいまいなのです。

それを京極サマは整理するために
「学問とは、百から千を導き出そうとする試み、
現状知ることのできる物事の更にもっと先をみようと、知ろうとする試みではないか」といい、

そして「学問として成立するためには、単なる類推ではだめで、実証しなければならない。
ここをすっとばしてしまうのが、「トンデモ」本であり、禅でいう魔境だといいます。

そして魔境で得られる、快感は所詮マガイものであり
地道な作業をもって石を積み上げたあと得られる深い快感には到底達成できない」といいます。

まことにもって日頃漠然と考えていたことを京極氏は整理してくださいました。

ここで私も新たに認識したことですが
小松和彦氏は、もともとトポス(場所性)論から聖地をめぐる感性の記憶をとらえることによって
(魔界、聖地を媒介として)闇や魔を現代の人々の心につながるものとしてとらえていく
という方法論をとられていると解説しています。
(すいませんこの解説をよむまで、一連の小松氏の魔界案内ものにそんな深い意味があるとは思いませんでした)

小松和彦氏のすごいところは、常に現代に向き合うこと、現代の人と接続すること
それを契機としてより精緻で大きなプログラムを組み上げようとする壮大なたくらみをもつところといいます。

尚、京都魔界案内は、もともと小松市が京都新聞に「魔界万華鏡洛中洛外」として
連載されていたものを文庫化しただけあってとても読みやすいです。

京都の変わったガイドとしてもつかえるし、なにしろ京都新聞社の写真報道部の奥村清人氏の写真が良いです。
単なる文章と違ってビジュアルな魔界のメッセージ浮かびます。

小松和彦氏は「鬼の作った国、日本」で写真家の内藤正敏氏と組まれたことがあり
写真の力を知っているのでしょう。